晩夏も過ぎ去り、時々刻々と外気も冷えゆく秋。
つるべ落としのように夕闇が迫る。ふと、空を見上げれば。
そこには果てしなく広がる夜空。月明かりが皓皓と辺りを照らしていた。
──claro de luna──
──月には魔力が宿っている。ことのほか、望の月はその力が強まる…。
いにしえより、人々はそう考えていた。
何の因果か。事実、満月になると犯罪が増えたり、
月と人間の精神状態との関係も様々語られている。
月の満ち欠けは、それほどまでに人々に影響を与えていた。
それは魔族にとっても例外ではなく…。
「…おや、今宵は仲秋の明月ですか…」
ふと、何気なしに仰ぎ見た空には見事な望月があった。
「…たまには、空の下で観月と洒落込むのも悪くはないですね」
そうひとりごち、任務から一時帰館したデミテルは酒蔵から彼ご自慢のヴォトカを持ち出すと
ダオス城内部、中庭へと足を運んだ。
空を見上げながら明月を眺め、杯に注いだそれを少しずつ飲み、彼がしばし月に酔いしれていると…
「…あら?あんたも帰館してたの?」
デミテルの頭上からは聞き慣れた声。
「…誰かと思えば貴女でしたか」
声のした方向へ目線を上げれば、己の同僚、ジャミルが中庭に面した城の二階通路窓からこちらを見下ろしているのが見えた。
「貴女も帰って来てたんですか」
デミテルはその場から動くことなく彼女に声をかけた。
「まあね。何?あんた1人で月見酒してるの?」
──そういや今日はことのほか月が綺麗よね。
そう呟きながらジャミルは彼を眺めるのを止め、夜空を見上げる。
「ああ、今日は満月なのね」
通りで魔力が高まってると思ったわ。
そうひとりごちつつ彼女はデミテルに視線を戻した。
「人間達が生み出す負の感情を肴に観月?
なかなか洒落たことしてるじゃないの」
クスクス笑いながらジャミルは窓から覗きこむのをやめ、そして…
「あたしもその宴に混ぜてよ」
そう言うと彼女は秘蔵のロゼワインを片手に中庭へと降りて来ていた。
「…用意の良い事で」
デミテルは呆れた顔を浮かべつつも、彼女が月見に加わる事を了承し、望月を再度愛で始める。
「それにしても、人間達の負の感情ってばとても旨いわよねー。
これでマナさえ無ければ、すぐにでも魔界に変えられそうな位だわ」
ワインを飲みつつジャミルはしみじみと呟いた。
「…そうですね」
彼女の独り言とも取れる小さな呟きにデミテルは珍しく同意を示し、そして…
「この作戦が上手く進めば、この世界からマナは消え失せます。
そうすれば人間界掌握は簡単でしょう」
そう相槌を返す。
「…あともう一息ね」
「…ええ」
仮初めの主すら彼等の真意を知らない。
いつしか時が経ち。東の空の端が白み始める。
有明月を眺める2人には、月が妖しく嗤ったように思えたのだった。
2010年9月22日 了。
2024年6月27日 修正 了。
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